依佐美送信所記念館 (その1)
依佐美送信所記念館というところに行ってきました。
東海道線の野田新町駅から約1.5kmにあった無線通信所の記念館、当時の機器類が保存されています。
この送信所はヨーロッパ等との長波無線通信のために昭和4年に建設されました。戦後は米軍に接収され潜水艦との通信に使用され、平成6年に返還されました。ほとんどの施設は撤去されましたが、その一部がここに保存されているのです。
誘導電動機と直流発電機を直結したこれは直流電源装置です。
音声用・データ用、有線・無線すべてを含む通信のための機器です。
依佐美送信所記念館というところに行ってきました。
東海道線の野田新町駅から約1.5kmにあった無線通信所の記念館、当時の機器類が保存されています。
この送信所はヨーロッパ等との長波無線通信のために昭和4年に建設されました。戦後は米軍に接収され潜水艦との通信に使用され、平成6年に返還されました。ほとんどの施設は撤去されましたが、その一部がここに保存されているのです。
誘導電動機と直流発電機を直結したこれは直流電源装置です。
一番最初に取り上げた600A型電話機をついに御役御免にすることができたので中を開けてみました。
これがシャーシです。奥に伸びているのは電話線、左が(送)受話器へのコード、右へ行く黄色と灰色の線はカバーへ向かう内部配線です。
電気回路といえるのは奥の基板だけです。
左側にはコイルが見えますね。テレホンピックアップはここから漏れる磁界を捉えていました。そういえば左奥がもっともよく聞こえたように思います。
右側の銀色の円筒はコンデンサでしょうか?
間にあるグレーや赤のものは抵抗器です。今ではあまり見ない形状ですが、真空管時代のラジオ等を分解するとよく見かける部品でした。
基板を外して裏を見てみたいのですが、リベットのようなもので固定されていて簡単には外れそうもありません。
最初の頃に紹介したSportster 28800を開けてみました。
裏のネジ2本で簡単に開きます。ツメもありません。
電源のシーソースイッチは基板に直接実装されていました。LEDは表面実装で上カバーに導光パーツが付いています。
基板上で1つだけソケットに入っているのはROM、UV-EPROMではありませんがOTP・マスク・フラッシュの別はラベルを剥がさないとわかりません。44ピンなので16ビット幅と思われます。
昔使っていたモデムです。
HucomのHUCOM-EX336、その名の通り33.6kbpsのモデムです。
モデムはその速度性能が電話代に直結するということで私にしては積極的に新しいモノを買っていましたが、冷静に考えるとモデム代の元を取れるほどの通信量は無かったですね。
正面には各種LEDのみです。
背面にはコネクタが並びます。
ネタが切れてきたなと思っていたところ、「遺物」と呼ぶにふさわしいものが出てきました。
これは「テレホンピックアップ」と呼ばれていたもの、今では必要ないし事実上使うこともできないものです。名前の通り電話のアクセサリなのですが、何に使うものかわかりますか?
左側の円筒形のものが本体で、φ3.5のプラグ(右側)が付いています。コードの長さは1m程でしょうか。
ピックアップ本体には吸盤がついています。
中はコイルのはずですが、壊さずに見ることはできなさそうなので今回は分解は無しです。
PC-9801シリーズ用のシリアルポートの増設用ボードです。本体に1ポートありますが、このボード1枚でポートを2つ増やすことができました。
スイッチやジャンパピンが多いですね。アドレス等をずらして複数枚挿しできるかと思ったら駄目みたいです。
入手経路を思い出せない謎のボードが出てきました。
シルクで「ASCEND」とあることからネットワーク・通信機器を製造していたAscend Communicationsのボードと思われます。AUIコネクタやパルストランスが見えるのでネットワーク機器でしょう。
PK-87Jとともに使っていたトランシーバが出てきました。
日本マランツ製のC420、430MHz帯のトランシーバです。当時社名は日本マランツでしたが、無線機は旧社名「スタンダード工業」からSTANDARDブランドを名乗っていました。
フロントの操作パネル、残念ながら操作方法はほとんど覚えていません。
これはアマチュア無線でデータ通信を行うための機器、Terminal Node Controller 略してTNCです。
無線用のモデムと思ってもらえれば大体あっています。
厳密には狭義のモデム(変復調器)とプロトコル制御器が一体になったものですが、電話用のモデムの構成も似たようなものです。
以前紹介した「アイフォン」ですが、関連資料が出てきました。
これは親機の裏に貼られていたラベル。親機の撮影時には剥がれていて無かった(壁に設置していた方は未確認)のですが、別途保管されていました。回路図が載っているのも時代を感じさせます。
「アイフォン」も商品名ではなく、会社名のようですね。
取扱説明書も出てきました。写真では色がわかりにくいと思いますが、薄紫色です。
「対話の世界を電子でひらく!!」なかなか大げさなキャッチコピーですね。
「AIPHONE」の読みは「アイフォン」ではなく「アイホン」でした。アイホン株式会社は今も存続し、ドアホン・インターホンを作っているようです。