思い出・昔話
私のメーラー(MUA)遍歴
今回はこれまでに使ったメーラー(メールプログラム, MUA)について書いてみようと思います。
(R)BBSやSMSなどの閉じた環境内で使われるものは除外しています。
- mail(mailx)
初めて電子メールというものに触れたのは大学で研究室に所属してHP-UXに触れた時です。
まだ導入されたばかりで環境整備も何もなく、OS付属のコマンドラインのプログラムです。日本語も使えなかったんじゃなかったかな。
GUIのツールもあったかもしれないけれどベンダ固有のツールに依存するつもりはなく、手は出しませんでした。
- MH, MH-e
さすがにあんまりなのでMHをビルドしました。これもコマンドラインですが日本語対応パッチなどもあり、とりあえず実用的に使えるようになりました。
さらにemacs(正確には日本語対応のNemacs)が動くようになったのでemacs上からMHを使うMH-eというものを使い始めました。これはその後も386bsd, FreeBSD, NetBSD, NEWS-OSなどで長く使うことになります。
鞄にボールベアリング仕込んだ話
Twitter(現X)でトイレットペーパーの芯にボールベアリング仕込む話題を見かけて思い出したのですが、昔通勤に使っていた鞄に仕込んだことがありました。
退職以来10年以上クローゼットの奥に放り込んだままになっていたのを引っ張り出してみました。

この樹脂製のハンドルは元は内側に円筒形の突起があり、ダイキャスト製と思われる金具に嵌って回転できるようになっていました。
ところが20年近く毎日の通勤に使用していたので、この突起が少しずつ摩耗してある日ポッキリと折れてしまいました。
何とか修理して使い続けたかったのですが、力がかかる部分なので接着では耐えられそうにありません。そこで穴を開けてシャフトを埋め込むことにしました。
私のROMライタ遍歴
今回は私が家で(個人的に)使ってきたROMライタたちです。
ここでは狭義のROMライタとして、ROM内蔵マイコン専用のものやPLD専用のものソケットが無い(ISPなど)ものなどは除外しています。
- 2716用(ラジオの製作より)
ラジオの製作誌に掲載されていた2716用のROMライタです。
PC-8001mk2 拡張ボードは元々このライタのためで、アドレスデコーダなどのバス接続のための部品と8255 PPIを載せていました。ZIFソケット(記憶では山一の24ピン)やDC-DCコンバータなどは別基板で拡張ボードの後ろに突き出すように固定していました。
一部を重ねてメッキ線をハンダ付けして固定していたはずです。残念ながら別基板の部分はバラしてしまっていて現存しませんが、8255はそのまま次に流用されました。
イニチヒチウマシロチ
イニチヒチウマシロチ
これ何かというと昔アスキー誌に掲載されたアドベンチャーゲームのDATA文に頻出した文字列です。
雑誌掲載ということでユーザが自分で入力することになるのでネタバレにならないように暗号化されています。
まぁ暗号といっても入力時に意図せずに読んでしまうことを防ぐためなので凝ったものではありません。スピード命で入力していれば気にせずそのまま入力するでしょうし、ちょっと考えながら入力する私でも頻出するこのフレーズはつい頭の中で解読してしまったものの他は読んでいないので、十分目的は果たしたと言えるでしょう。
結局このゲームをクリアしたのか諦めたのか憶えていませんが、内容を記憶していないということはきっと諦めたのでしょう。
ただプログラム自体には興味があって当時調べました。
先述のようにDATA文は暗号化(難読化)されていますが、RUNすると最初に以下を実行します。
小学生の一人旅
少し前Twitter(X)で「小学生の卒業旅行」なる話題を見かけ、日帰りならともかく小学生だけで宿泊は可能なのか?……などと思いつつ、大昔のことを思い出したのでちょっと書いてみます。
ただ親や先生に付いていくのではない最初の「旅」は小学5年生の時でした。
さすがに当時でも子供だけでホテル等に宿泊は出来ないので、自宅から親戚(叔父)宅の最寄り駅まで、2学年下の妹と2人で行ったのでした。東京から在来線を乗り継いで岐阜へ、そこから高山線の美濃太田まで行って、駅まで迎えに来てもらったはず。あれ、もしかすると名古屋から名鉄の日本ライン今渡駅だったかも。
何日か滞在して同じルートを逆に辿って帰ったと記憶しています。
翌年の夏休みは、行きは同じルート・帰りは中央線経由で計画し今度は一人で行ったのですが……
帰る前日だったか「台風接近してて山は危ないから中央線経由は諦めろ」と言われて仕方なく東海道経由に変更することに。
前年同様在来線で帰ろうとしたのですが、何と富士川の鉄橋が流されてしまい東海道の在来線は不通になってしまって、新幹線に変更することになりました。が、その新幹線も順調とはいいがたく、豊橋で1時間停車、三島では遂に動かなくなり3時間ほど待った後見捨てて在来に乗り換えて帰りました。
ブザーとベル
Twitter(現X)でリレーをブザー代わりにする話を見かけたので昔のブザーとベルについて書いてみようと思います。
ブザーというと電子ブザーばかりになってしまいましたが、私が子供の頃はまだ電磁ブザーが使われていました。
これは電磁石で鉄片を引き寄せ、その動きによって直列に入っているスイッチを切る構造になっています。スイッチが切れると鉄片はバネで元に戻り再度スイッチが入る、という動作を繰り返すことによってビーという音を出します。
エナメル線と身近な材料だけで作ることができるので工作の題材としてよく選ばれました。組み立てキットも売られていましたね。モーターとともに子供向けの電気(電子ではなく)工作の定番の一つでした。
ただ鳴らすだけならそう難しくはなくとも大きな音を出そうとすると結構調整が必要だった記憶……
原理はいいから鳴らしたいだけなら、電源を接続するだけで鳴るモジュールも売られていました。
それでちょっと探してみたら下記リンクのHK-MB015Hというのが記憶にあるモジュールに似ているんですが、これ昔ながらの電磁ブザーがまだ残っているのかなぁ? 今度買ってバラしてみるか。
私の外部記憶装置遍歴
久々に「私の~遍歴」シリーズをお送りします。
今回は外部記憶装置ということで自宅で使っていたリムーバブルメディアを中心に、その他も要所で触れていきます。
- カセットテープ
PC-8001mk2を使い始めた頃はフロッピーディスクなど無かったのでプログラムの保存は専らカセットテープを使っていました。しかも専用のデータレコーダではなくTC-1100を使っていました。
ソニーのテープレコーダはリモート端子が一般的なφ2.5mmのジャックではないのでそのままでは使えません。最初は手動で使っていましたが、後にACアダプタとの間でON/OFFする回路を自作して使っていました。
Transputerで思い出したこと
先日のINMOS IMST805を書いていて思い出したことがあるので今回はそれについて書いてみます。
マイコンボードを作っていたりするといつかCPUそのものを作ってみたいと考えるようになります。
作り方としては74シリーズのような汎用ロジック・Am2900ファミリのようなビットスライス・FPGAなどがあり、さらには現物は諦めてソフトウェアによるエミュレーションなどもあり得ます。
どれを選ぶかはもちろん目的により異なり、アーキテクチャの研究などならFPGAやエミュレーションでしょうし、私のようにいわゆるマイコン登場前の状況の追体験的なものを目指すなら汎用ロジックか使ってもビットスライスまでと思います。
で当時の私は次のようなものを考えていました。

