今回はこれまでに使ったメーラー(メールプログラム, MUA)について書いてみようと思います。
(R)BBSやSMSなどの閉じた環境内で使われるものは除外しています。
- mail(mailx)
初めて電子メールというものに触れたのは大学で研究室に所属してHP-UXに触れた時です。
まだ導入されたばかりで環境整備も何もなく、OS付属のコマンドラインのプログラムです。日本語も使えなかったんじゃなかったかな。
GUIのツールもあったかもしれないけれどベンダ固有のツールに依存するつもりはなく、手は出しませんでした。
- MH, MH-e
さすがにあんまりなのでMHをビルドしました。これもコマンドラインですが日本語対応パッチなどもあり、とりあえず実用的に使えるようになりました。
さらにemacs(正確には日本語対応のNemacs)が動くようになったのでemacs上からMHを使うMH-eというものを使い始めました。これはその後も386bsd, FreeBSD, NetBSD, NEWS-OSなどで長く使うことになります。
- Eudora
就職して最初の仕事はMacintoshでのソフトウェア開発だったのでEudoraを使い始めました。
当時は1人1台のPCなどはなく、ソフトウェア担当者は開発対象のマシンを持っていたものの、それ以外の人は共有マシンを使ってメールを使っていました。MacintoshでEudoraを使う人、メールサーバでもあったNEWSでGUIツール(私は使わなかったので名前は忘れました)を使う人などさまざまでしたね。一切使わない人も結構いました。
- MH-e再び
その後開発対象がNEWS-OSに移ったのでMH, emacs, MH-eを勝手にビルドして使い始めました。当時はおおらかだったので特に何も言われなかったですね。
この時のNWS-4000は開発終了後も何かあった時に1台無いと困ると理由を付けて長く維持し続けました。メール以外にもWindowsでやりにくいスクリプト書いての処理などに重宝しました。
- Outlook
しばらくして全員にWindows PCが配備されOutlookを使い始めます。
が、使い慣れたMH-eが忘れられず併用していました。というかメインはMH-eで、outlookでしかできないことだけ仕方なく使うような状況でした。
- Mew
そのうちに他の部署に応援に行くことになりさすがにNWS-4000を持って行くわけにはいかず、Windows上でMeadow+Mewを使い始めました。
この頃にPlayStation2の開発環境であるDTL-T10000のLinux上でも何か動かした気もするのですがよく憶えていません。
- Thunderbird
元の部署に戻ってNWS-4000復活させていましたが、日本語の文字コードとしてBase64エンコードが使われるようになり、添付ファイルの使用が増えてくると、さすがにMH-eやMewでは不便になってきてWindows上のThunderbirdに移行しました。NWS-4000を維持できなくなってきたこともあります。
自宅ではその後もMH-eとの併用を続け、PC入替の時もMH, MH-eはインストールしたのですが、ほぼ使わなくなりました。古~いメールを参照するときくらいですかね。
MUAをやったので次はMTAでもと言いたいところですが、MTAはsendmailしか使ったことないからなぁ……
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