懐かしいジグソーパズル発見
工事のために部屋の一部を片付けて、せっかくなので残りの部分も少しづつ整理していたら、懐かしいものを見つけてしまいました。
アメリカにいた頃に買ってもらったジグソーパズル、捨てた覚えはなかったんだけどずっと行方不明。それが偶然発見されました。
これアメリカの地図なんですが...
外周部分は一般的なジグソーパズルっぽい凹凸になっていますが...
工事のために部屋の一部を片付けて、せっかくなので残りの部分も少しづつ整理していたら、懐かしいものを見つけてしまいました。
アメリカにいた頃に買ってもらったジグソーパズル、捨てた覚えはなかったんだけどずっと行方不明。それが偶然発見されました。
これアメリカの地図なんですが...
外周部分は一般的なジグソーパズルっぽい凹凸になっていますが...
初めてPCを組んだ話でハードウェアの話を書いたので、今回はソフトウェアの話を書こうと思います。
当初私はHDDを丸ごと386bsd 0.1にするつもりだったのですが、いろいろと相談していた友人K氏に「DOSも無いと困るからせめて半分はDOSにしておけ」と言われまして、折衷案で32MBがDOSで残りの170MBが386bsdということにしました。
DOSは動作確認も兼ねてIBMのPC DOS 5.02だったかな、をインストールしました。確かET-4000の関係でconfig.sysのどこかの行に/HS=LCを追加した記憶がありますが、それ以外はあまり面倒は無かったと思います。
/HS=LC付けてないとスクロールしているときに画面が乱れるんですよね。
これはまぁ動くようにしただけで環境整備的なことはほとんどしませんでしたね。
前々回・前回とケース・マルチI/Oボードについて書きましたし、主要な部品も過去に大方出てきたので初めてPCを組んだ時のことを思い出しながら書いてみたいと思います。
大学生になってしばらくした頃、自宅ではやっとCP/MからMS-DOSに移行したばかりでしたが、UNIXに憧れるようになっていました。
Sunを使っていた友人の話、研究室でHP9000/720のHP-UXに触れたこと、PC-9801シリーズのPANIXの存在、気持ちが高まっていたころに386bsdのことを知って...
PC互換機があれば本物のBSDを只で動かせるらしい。
それでパーツを集めてPCを組むことを決意したのでした。その時のパーツ選定条件は次のようなものでした。
以前Super I/O ボードについて書きましたが、最近もう1枚出てきました。
同じようなボードをもう一度取り上げようと思ったのは、これがおそらく最初に組んだPCに使っていたものだから。
最初に買ったET-4000と載っているデバイスのデートコードが近いのでおそらくこれも最初に買ったものの一つではないかと思います。
機能としてはIDE HDDのポートが1つ(2台まで接続可)、FDDのポートが一つ(これも2台まで接続可)、シリアルポートが2つ、パラレルポートが一つです。いわゆるゲームポートは付いていません。
もう何週間か前になりますが Twitter で面白いスイッチを見つけました。(下記リンク参照)
これの両モーメンタリタイプ、40年ほど前に欲しくて探したんですが見つけられなかったんですよね。今みたいに通販でどんなものでも買えるわけではなく、特殊なものはよほどの偶然と幸運が無ければ入手できませんでした。
ということで今回はこれが欲しかった理由と手に入るものでどう代用したかを書いてみようと思います。
まだ小学生だった頃、よく近所の図書館で『模型とラジオ』などの模型雑誌を読んでいました。電子工作目当てなのですがついでに模型製作の記事も読んだりしていまして、ラジコン自動車の製作記事なんかがあるわけです。
いわゆるプロポを使った左レバーで前後進と速度を右レバーでステアリングという操作に憧れました。
とはいえそんなものを買うお金はありません。
スイッチによるON / OFF制御とコード付きのリモコンなら自分で作れるし、そんなにお金はかからないだろうと思ったのですが...
大昔の懐かしいメモを見つけました。
「INT 9H」ということはPC-9801シリーズのキーボード割り込みですね。
FD80:0E44はエントリアドレスかな。エンディアン間違えて訂正していますが、MC68000系から8086系に移った直後だったと思うので一瞬勘違いしたのでしょう。
こんなのも。
この頃はフロッピーを2ドライブ積んでいるのが一般的だった時代、ノートPCには1台しかないのでBIOSからフロッピーに見えるドライブがありました。それのアクセス方法ではないかと思います。
入力装置事情も今回で最後、まだ取り上げていないものをまとめてこの項を終わりにしようと思います。
最初はデジタイザです。
平板上の座標を入力する機器で、マウスやトラックボールが相対的な移動量を入力するのに対し、絶対的な座標を入力します。今のペンタブレットにあたるものですね。
当時もペン型はありましたが精密なものでは「カーソル」と呼ばれるものが使われました。これはマウスに照準器がついたような形状のもので、デジタイザの平板上に置くと照準の中心の座標が入力できます。主に図面の入力用で、平板上に入力したい図面を固定しておいて頂点の座標を拾っていきます。
今回はいよいよマウスです。
初めてマウスというものを触ったのは中学のときでした。当時、技術科準備室にあったPC-9801F2の純正オプションのPC-9871だったと思います。値段は約3万円くらいでした。マウス本体とCバスのインターフェイスボードのセットです。
まだN88 DISK BASIC(86)を使っていましたから使い道なんて無かったのに何で買ったのだろう...
OSのサポートも無く、アプリケーションが独自に対応しなくてはなりません。図を描くようなソフトウェアで無い限り対応していませんでした。
この頃のマウスは中にボールが入っていて、マウスを動かすとこのボールが転がってその動きを光学エンコーダで読み取る仕組みです。隙間からゴミが入って動きが悪くなるので時々ボールを取り出して中を掃除する必要がありました。
ボールの無い光学式マウスも登場した頃のものは現在のものとは異なり、縦横に特殊な線の印刷された専用のマウスパッドが必要でした。
センサにカメラを使い任意のパターンで移動を検知できるようになったのが現在主流の光学式マウスです。レーザー式などありますが基本原理は共通していると思います。
コンピュータのパーソナルな使い道というとゲームが重要な位置を占めるのは今も昔も変わりありません。
キーボードでも操作できますが、本格的にプレーするためにはジョイスティックが欲しくなります。前回(第2回: キーボード)でも書いたように壊しても簡単に交換できなかったことも理由の一つかもしれません。
形式としては少なくとも日本ではレバー(上下左右のスイッチ)とボタンが2つというのが一般的でした。
Apple IIなどはレバーをスイッチではなくX軸とY軸のアナログ値として読めるタイプだったと思います。
NECのPC-6001やMSXなどホビー向けの機種は専用のコネクタを持つものがありました。D-Sub 9ピンのコネクタ(いわゆるATARI仕様)が2つ付いているのが多かったと思います。
専用端子のない機種では以下のような接続方法がありました。