最近のお買い物(2025/12)
気が付くと大晦日、今年もあまり進展なかったなぁ。ある程度まとまったものとしてはV60ボードくらいでしょうか。
まぁ資料集めたり構想しているものはもう少しありますが、まだ現物着手はできていません……
古いラジオも出てきた
物置代わりになっている部屋から出てきたのは古いラジオ……
6 BANDと謳っているのは短波の範囲が広すぎてチューニングが難しくなるため4つに分割しているからですね。
FMの周波数が88~108MHzと上に寄っていてほぼTV(もちろん当時は地上波アナログ)の音声専用になっているのは海外仕様なのかな。海外ではこれが一般的なFM放送の周波数だったはずです。
短波は波長まで表示されています。
オレンジ色のカーソルは左右に動くわけですが、右のダイヤルと内部の可変コンデンサ(バリコン)はベルトというか糸のようなもので連結されていてカーソルもそれに連動しているはず。当時のラジオでは一般的な機構でした。
小学生の一人旅
少し前Twitter(X)で「小学生の卒業旅行」なる話題を見かけ、日帰りならともかく小学生だけで宿泊は可能なのか?……などと思いつつ、大昔のことを思い出したのでちょっと書いてみます。
ただ親や先生に付いていくのではない最初の「旅」は小学5年生の時でした。
さすがに当時でも子供だけでホテル等に宿泊は出来ないので、自宅から親戚(叔父)宅の最寄り駅まで、2学年下の妹と2人で行ったのでした。東京から在来線を乗り継いで岐阜へ、そこから高山線の美濃太田まで行って、駅まで迎えに来てもらったはず。あれ、もしかすると名古屋から名鉄の日本ライン今渡駅だったかも。
何日か滞在して同じルートを逆に辿って帰ったと記憶しています。
翌年の夏休みは、行きは同じルート・帰りは中央線経由で計画し今度は一人で行ったのですが……
帰る前日だったか「台風接近してて山は危ないから中央線経由は諦めろ」と言われて仕方なく東海道経由に変更することに。
前年同様在来線で帰ろうとしたのですが、何と富士川の鉄橋が流されてしまい東海道の在来線は不通になってしまって、新幹線に変更することになりました。が、その新幹線も順調とはいいがたく、豊橋で1時間停車、三島では遂に動かなくなり3時間ほど待った後見捨てて在来に乗り換えて帰りました。
EN2216も開けてみた
PCMCIAカードはたいてい両面の金属板を巻き込んでカシメてあります。これは開けようにも破壊するしかありません。
しかしEN2216はどうやら接着してあるらしく、さらに幸運なことに片側が剥がれかかっています。ヘラを挿し込んで剥がしていき、最後に残った68ピンコネクタ部分にはIPAを流しました。

ということで裏側を剥がすことができました。PCMCIAカードを開けたのは初めてです。
固定は両面テープのようなもので、古くなってパリパリになっていました。
表側も剥がしたのですが浮いている部分が見当たらず、唯一ヘラを挿し込めそうな尻尾側のコネクタ部分はコネクタが剥がれそうで……
PW10を開けてみた
もう壊しても構わないので先日のPW10を開けてみました。
表側にネジが4本、裏の電池ホルダ内に2本あるのを外して裏ブタを外します。

LCD・タッチパネル部分は接着されているのか外せませんでした。
基板のLCD側には部品は無いと思うので無理に剥がすのはやめておきます。
ちなみに外したネジは3種ありました。
キングジム PW10
ブザーとベル
Twitter(現X)でリレーをブザー代わりにする話を見かけたので昔のブザーとベルについて書いてみようと思います。
ブザーというと電子ブザーばかりになってしまいましたが、私が子供の頃はまだ電磁ブザーが使われていました。
これは電磁石で鉄片を引き寄せ、その動きによって直列に入っているスイッチを切る構造になっています。スイッチが切れると鉄片はバネで元に戻り再度スイッチが入る、という動作を繰り返すことによってビーという音を出します。
エナメル線と身近な材料だけで作ることができるので工作の題材としてよく選ばれました。組み立てキットも売られていましたね。モーターとともに子供向けの電気(電子ではなく)工作の定番の一つでした。
ただ鳴らすだけならそう難しくはなくとも大きな音を出そうとすると結構調整が必要だった記憶……
原理はいいから鳴らしたいだけなら、電源を接続するだけで鳴るモジュールも売られていました。
それでちょっと探してみたら下記リンクのHK-MB015Hというのが記憶にあるモジュールに似ているんですが、これ昔ながらの電磁ブザーがまだ残っているのかなぁ? 今度買ってバラしてみるか。
最近のお買い物(2025/11)
高校時代の友人から「○○、12/30で閉店だそうです」との連絡ありました。
○○というのは高校時代に通いまくったラーメン店でして、いつもつけ麺ばかり食べていたら店に入るなり「つけ麺ね?」と聞かれるまでになっていました。卒業後何年かご無沙汰した後行っても憶えられていたほどでした。さらに10年以上経って行ったらさすがに人も変わっていましたが。
最後にもう一度行きたい気もするけど、うーむ、どうしよう……



